フルート三昧で配布するミニ新聞に掲載された気ままなコラムです
Vol.1〜Vol.6 Vol.7〜Vol.12 [Vol.13〜Vol.18 ]
Vol.14:フルート吹きの心理 Vol.15:師弟関係空想談義 Vol.16:クラリネット的思考 Vol.17:羨ましい話 Vol.18:羨ましい話 Part2
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−隣の芝生は青く見える? by.志田 浩子−
本日の演奏会は「フルート三昧」初のヴァイオリンの登場です。弦楽器というのはとても奥が深く音楽的にも非常に魅力的です。フルートにはない、弦楽器だけの特典がたくさんあり羨ましく思うことが多々あります。
(M・K)
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−フルート吹きの心理−
本日のプログラムで取り上げた2人、ベームとブリッチャルディは優れたフルート奏者だっただけでなく、今日製造されているフルートのメカニズムを発明した人物たちである。今あるフルートのほとんどは、ベームが1847年に発明したシステムによる「ベーム式フルート」であり、そのシステムをブリッチャルディが改良した「ブリッチャルディ・キー」がついている。これらのメカニズムのおかげで、それ以前のフルートに比べ技術的に難易度の高い楽曲の演奏が可能になった。
ベートーヴェンが1827年に没したとき、ベームは33歳、ブリッチャルディは9歳であった。その翌年にはシューベルトが没している。当時、ブラームス、メンデルスゾーン、シューマン、リスト、パガニーニなどが活躍していて、彼らはピアノやヴァイオリンなどの器楽を飛躍的に向上させ、そのヴィルトゥオーゾな作品群は大いなる喝采を持って受け入れられた。彼らは作曲家であると同時に、ピアノやヴァイオリンのすぐれた演奏家でもあった。
同様に、ベームやブリッチャルディを取り巻く音楽的な環境の中にも、優れたフルート奏者であり、またフルート曲を作曲する人々がいた。クライス・コンサートでも取り上げているフュルステナウやトゥルー、教則本で有名なアルテなどである。彼らはベームの発明の賛同者であり、同時に後援者でもあった。
これらの作曲もする優れたフルート奏者たちは、各国の民謡や、有名なオペラや歌曲を題材とした華麗な幻想曲や変奏曲をたくさん作曲した(シューベルトも自らの歌曲を題材にした有名な「しぼめる花の主題による序奏と変奏」を作曲している)。
これらのフルート曲は、自らの演奏旅行で必要としていたという理由の他に、大変技巧的で「名人芸」を発揮できる、という側面を持つ。器楽による名人芸的演奏は、聴衆の嗜好や作曲技法の1つの原典であり、すでに彼らの時代には歴史的な裏づけが出来上がっていたのである。ベームの発明とブリッチャルディの改良は、この名人芸を披露するのにまことに好都合で適したシステムであった・・・・・
・・・・・現在のフルートは、ベーム式フルートではあるが様々の改良が進み、メカニズムも発音もベームの時代のものよりさらに完成度の高い楽器となっている。その楽器をして難曲と言わしめるベームらの楽曲は、限りない可能性と、聴衆やフルーティストの歓びを同時にもたらすのである。
(M・K)
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−師弟関係空想談義−
本日のプログラムのなんと華麗なことか。フリードリヒ大王(フリードリヒ・ヴィルヘルム二世)はその名をとどろかせたプロイセンの王様。統治力に優れ、音楽・文化に理解があり自らもフルートをたしなんだ。王位に即位直後にベルリン宮廷楽団をつくり、2年後にはオペラハウスも建てた。当時の優秀で有名な音楽家を呼び寄せ、プロイセンの音楽文化に隆盛をもたらしたのである。きっと多くの音楽家が宮廷音楽家になりたがり、壮絶なバトルを展開したことであろう。
大王が呼び寄せた音楽家の中にクヴァンツとエマヌエル・バッハがいた。クヴァンツは大王のフルートの先生であり、伴奏はエマヌエルが弾いたのである。何という豪華キャストであろうか。こんにち、大バッハといわれるセバスティアン・バッハは当時無名であり、バッハといえばエマヌエルのことだったのである。
優秀な音楽家を従え、大王はすっかり大音楽家気取り(想像)。毎夜これらの音楽家や家臣をはべらせて音楽会三昧だったに違いない(想像)。クヴァンツのレッスンで言われたことなどどこ吹く風、さて、今日はどんなことをして皆を驚かせてやろうか、こんな吹き方をしたらみなぶったまげるぞ、けけけ、わがまましほうだいである(想像の想像)。
大 王「朕のフルートは如何じゃ、そち、うまいと思うか、え」
現代。とあるフルート奏者と、彼のとある生徒。
生 徒「先生、こんどこの曲やりたいんですが」
・・・と、昔も今も(一部では)先生業は楽じゃない。音楽で使う道具(楽器や楽譜)はプロと同じ物。スポーツのようにプロ専用の特注品などありません。対等な環境で楽しむことの出来る音楽、師弟関係も相変わらず未来へと続くのでありましょうか・・・。
(M・K)
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−クラリネット的思考−
本日のフルート三昧では、初めてクラリネットに登場願うことにした。ポヒュラーな楽器クラリネットは木で出来ている本当の木管楽器だ(現在のフルートは金属製が殆どだが、木管楽器に分類される)。木ならではの苦労もあるようだ。
第一にクラリネットは木で出来ているため急激な温度変化や湿度変化を嫌う。乾燥しすぎもダメ、かといって湿度を与えすぎてもダメ、繊細な楽器なのである。フルートの場合は、一度作ってしまえば、乾拭きと、たまにする注油ぐらいなもので、クラリネットに比べれば殆どメンテナンスフリー。掃除や扱いを丁寧にしていればトラブル事は少ない。クラリネットは管内に溜まった水蒸気をこまめに除去してやらなければならないし、急激に楽器の温度が上がるとひび割れの原因にもなるので、じっくり温度を上げるべくしょっちゅう息を吹き込んでは暖めている。音を出すためのリードも吹き続けると5日しかもたないそうだ。
クラリネットで使うリードはアシで出来た1枚リードである(オーボエやファゴットは2枚リード)。リードには当たり外れがあるそうで、その選定と維持が大変そうだ。使いものになるのは1割以下、幸運にも良いリードが見つかっても5日で寿命を全うするとは、いやはや大変なものだ。
フルートの木管は、現在では少数派になってしまった。その理由は色々あるだろうが、一番大きな理由は音色(ねいろ)にあると思う。オーケストラや合奏の中でフルートの担当する音域は高音が多い。その合奏団としての音色を司る場合も多々ある。そういう情況の中で、時代と共により華やかで力強い響きを求められてきたという現実がある。金属製フルートの材質も、最初は銀であったものが最近では金やプラチナがかなり増えてきた。金でも次第に純度が高くなり、14Kが平均的であったものが最近では18Kや24K(純金)の楽器も増えだした。銀も900/1000という純度から990/1000という楽器も作られるようになった。
クラリネットはというと、フルートと違い低音から高音に到る狭間で活躍の場が多いように思う。あの柔らかく甘い音色には、木の材質が最適なのであろう。もっとも、金属で作ったら重すぎて演奏困難であろうが。クラリネット奏者は楽器の手入れに忙しそうである。しかし、その分楽器への愛情も深そうだ。うん、やっぱり愛情は大切、そこのあなた、フルート出しっぱなしで寝てはいけませんよ!
(M・K)
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−羨ましい話−
よく言われることである。「好きなことを仕事に出来て幸せですね」。たしかにある部分ではその通りだと思う。(苦労はあるにしても)毎日好きな音楽をする事が出来、それで生活しているのだから文句を言ったら罰が当たるかもしれない。しかし、そんな私から見てもっと羨ましい人が居るのだ。同じ音楽に携わる人として。
私がフルートを始めたのは20ん年前、中学2年生の時である。1年以上小遣いやお年玉をためてMARUHA−FLUTEという、まるでソーセージで出来ていそうなフルートを買った。2万円ほどだったと思う。何の知識もないくせに人に相談するということを知らず、デパートへ行けば売っているということを知っているものだから(あらかじめ目を付けておいた)、ある日小遣いを握りしめ、店員を捕まえていきなり「これ下さい」。習い始めた当時の先生に「水道管よりはまし」と言わしめた栄誉ある楽器なのである。こうして、私のフルート人生は始まった。
当時、総銀製の楽器といえばプロしか使わない高嶺の花だった。初任給が10万円に及ばない時代に村松の総銀製が12万円、アメリカの有名なフルートメーカーであるヘインズのフルートは30万円もしたのである(現在は100万円以上する)。ヘインズは当時の師匠が使っていた。しかし銀製であるが故に銀独特のサビが出来ていて、それを見た私は「ボロいフルート」だと信じ切っていたのである。ああ、なんと幸せな日々であったことか!村松の広告にはリングキー・フルートの写真が使われていて「穴が空いた変なフルート」としか思わなかった。ドップラーの名曲「ハンガリー田園幻想曲」も知らない。ただフルートを吹くことに歓びを感じていたのである。私が総銀製のフルートを手にしたのはずつと後、音大受験を決意した時の事だった。
私の知り合いに、フルートを習い初めて10ヶ月の人が居る。最初から頭部管が銀製のいいフルートを持っている。その彼が新しいフルートを買うという。始めのうちは総銀製のつもりでいたらしいのだが、最近では流行のプラチナメッキのフルートに食指を伸ばしている。中古ではあるが金製の楽器も視野にあるらしい(後注:新品の金を買った!)。私とは大違いである。おまけにその人は好きなコンピュータ関連の仕事をしている。現在発表会に向けて「喜々として」練習に励んでいる。趣味を、心ゆくまで堪能しているのだ。勿論ドップラーも知っている。そんな姿を見て、私は心底羨ましいと思うのである。
(M・K)
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−羨ましい話 Part2−
前回に続き羨ましいというお話し。 皆さん、本日演奏されるフルートの曲の中で、フルートのオリジナル曲はどの曲だかお分かりですか。正解は、ドップラーの「ハンガリアン田園幻想曲」とモーツァルトの「アンダンテ」だけです。ご存じでしたか?それとも驚かれましたか?
フルートで聴く最もポピュラーな曲の一つ、アルルの女のメヌエットはフルートがオリジナルですが、独奏と言うよりオーケストラの曲としてその中でのフルートのソロです。ある出版社のフルート名曲集では、収録されている31曲中、フルートのオリジナル曲は13曲しかありませんでした。
フルートは器用な楽器ですので、様々な時代、色々な曲を自分の物にしてしまいます。ピアノやオルガンの曲だって平気です。イギリスのフルート奏者、ウイリアム・ベネットはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を録音していますし、アンドラーシュ・アドリアンはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を録音しています。ショパンのノクターンなども、よくフルートで演奏されます。フルートで良く演奏される他の楽器の曲は、ゴセック・ガボット、ドヴォルザーク・ユーモレスク、マスネ・タイスの瞑想曲、グノー・アヴェマリア、などなど。これらの曲ほどポピュラーではありませんが、フォーレやフランクのヴァイオリンソナタ、通常チェロで演奏される、シューベルトのアルペジョーネソナタなども、フルートでよく演奏されます。メロディが概ね単旋律で、流れるようなメロディラインならOKなのです。
フルートのオリジナルをほとんど制覇してしまったような大家ならいざ知らず、他の楽器の曲に頼りすぎるのはちょっと空しくなります。フルートのオリジナルにも素敵な曲はたくさんあり、それを「フルート三昧」や「ソロイスツ」で演奏して啓蒙に努めている次第です・・・(が、時としてオタク過ぎると言う声もあり・・・)。
ポヒュラーな、いわゆる大作曲家の作品にはフルートの曲が意外と少ない。音楽の嗜好がより大編成なものへとなり、フルートはオーケストラの一部品として扱われていたためです。それにひきかえ、ピアノだったら、誰でも知っている曲だけ演奏していても数年かかりそうです。とにかく良い曲がたくさんある。弦楽器だってそうです。独奏以外に、弦楽四重奏という形態も確立している。それに、クラシック音楽として「一般的」な感じがするのも否めない。悔しい、羨ましい、くそぉー、あー、羨ましい。
(M・K)
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記録 後記 |
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